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震災支援復興バス

少し前になりますが、有志の方が集まって運行されている、震災復興支援バスに参加してきました。
行先は岩手県陸前高田市です。奇跡の一本松の市と言った方がわかるかな?

今回、参加したのは私だけ。娘はあばれはっちゃくとお留守番でした。通常、自分の事はもう一つのブログでアップしているのですが。珍道中?はそちらのブログ「なんちゃってLOHASな日々」の方に記事にしていますので、ご興味のある方はご覧くださいネ♪

こちらでも、内容は少し重複しますが。自分の感じた事を伝えたくて、再掲しました。

震災復興支援バスは3泊4日(うち車中2泊)だったのですが。こんなに長い事、家を空けていたのは娘が産まれて以来、初めての事です!!!

プチ思春期の娘とあばれはっちゃく(ダンナ)が、どんな風に私の留守を過ごすのか・・・も、ちと楽しみに出かけてきました(笑)

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復興支援バス、2日目は、陸前高田市の震災の語り部さんと、復興支援をしているFM局・写真の洗浄と引き渡しをしている事務局・市役所等の被害のあった地域を周りました。

細かな感想は、いろいろありますが。やはり、「聞いて見るのと、行って見る」のでは、大違いでした。

当初。自分にできる事がある訳ではないので、行っても申し訳ないかな・・・という気持ちも大きかったのですが。行ってみて。どんどんと復興していく部分と。やはり、取り残されてしまう部分を目の当たりにし。まだまだ支援が必要なのだと、実感しました。

ガレキが片付けられ。市街地は一面の草紅葉。山側には新しい店や家も建ち始め、個々がなんとか震災以前の生活を取り戻そうとする中で。過疎・高齢化の問題や、経済的弱者の問題。利権の問題。被害の大きかった地域や人と、そうでなかった所での、気持ちの温度差。

地域の方が言っておられたのは。
「だんだんと、震災が過去の事になっていき、風化していく。忘れられてしまうのではないか。」という不安でした。

「来てくれて、ありがとう!」と、たくさんの方に言って頂きました。それだけでも、行ってよかったなぁ~と思いました。

今回、語り部さんと、遠野まごころネットさんには、たくさんの事を教えて頂きました。ホテルや旅館なども復興に向けて再建が進んでいます。次回は娘も連れて行きたいと思いました。

11月の様子です。駅(被災後)

震災前の同じ所から撮った写真だそうです。駅(被災前の写真)

クリックすると、写真、大きくなります。見比べてみると、その変りように、本当に心が痛みます。私達が過ごすのと同じ日常があり。地震と津波が町を襲い。1年8ヵ月かけてこの風景になった。その現実の重さ。

被害のあった建物は、解体が進んでいます。行った日も、たくさんの犠牲者を出した市役所が、近く解体されるとの事でお別れ会があったばかりでした。

マイヤ 中学
迅速に避難した事で、一人の犠牲者も出さなかったスーパーと中学校。その時の指示が、命を分けたそうです。

球技場3月15日に落成予定で一度も使用されなかったグランド。

アパート上層階まで津波が来たアパート

文化センター市役所の向かい側の文化センター 

捻じ曲がった金属。破壊された窓。片づけられたとはいえ、まだ残る泥。
町の所々にガレキの選別場があり、コンクリート・木片・金属に分けて、整然と管理されていました。

3メートルの津波予報。5メートルの防波堤があり、大丈夫と家に居た人。避難場所の体育館に居た人。市役所で仕事をしていた人。体育館の天井・市役所の3階の天井まで津波は襲い、たくさんの人の命が奪われました。

河口の中学では校長先生の判断で、避難場所よりも、もっと高い山の上に逃げたので一人の犠牲者も出さなかった。スーパーも。とにかく屋上に全員避難したおかげで命は助かった。津波は川をさかのぼり、海の気配のない何キロも先では津波を考える間もなく、犠牲になられた方も多かったそうです。

地震や津波は仕方のない事だけど。
「もし、あの時、逃げていれば」という後悔が。大切な人を失った人達の悲しみを、より深くしているという事実。

その現実を受け止めて。地震大国日本に生きていかないと・・・と思いました。


さて。3泊4日。二人でお留守番だった娘とあばれはっちゃくですが・・・。
娘のあばれっちゃくへの態度が、「プチ思春期とは言え、酷すぎる」と言った感じだったんですが。
どうやら、私が留守の間。食事といえば外食や総菜。部屋の中は散らかり放題・・・といった惨状に。娘が奮起したらしく(笑)

「野菜を食べた方がいいのでは?」と。野菜ジュースを買ってきたのだそうな(そっち!!!)

「閉店間際のスーパーのお惣菜コーナーが安かったよ。もし、お母さんがいなくなったら、そればっかりになりそう。私がしっかりしないと。」と宣言!

以降。あばれはっちゃくとも和解?したようで。仲良しです♪
こちらも、いろいろと解決すべき課題があるようですので(汗)・・・ぼちぼち、取り組んでいこうかと思います。

テーマ : 育児日記
ジャンル : 育児

No title

陸前高田市,何度も映像をテレビで見た市です。被害がとても大きかった場所ですよね。震災直後はあれだけテレビで流れていた避難所も,日が経つにつれて見ることもなくなりましたが,未だにたくさんの苦しんでいる方たちがおられることに心が痛みます。実際に見られた人が驚きの声をあげられる場面もテレビで見ました。かなりの衝撃なんでしょうね。復興が進んでいる場所とそうでない場所,前向きに立ち直ろうとしている方と,ますます悲しみが深まっておられる方,温度差があるのも事実なんですね。少しの時間差が生死を分けていたり,残された方の悲しみははかりしれないものがあると思います。こちらの記事を読んで,震災について改めて考えることができました。3泊4日,貴重な体験をされましたね。本当にお疲れ様でした!!

ご主人と娘さん,2人のお留守番はそれはそれで大変だったんですね。いつもはお母さんが当たり前にやってくれることが,どんなにありがたいことかわかったはず!?お母さんのいない3日間,娘さんにとってもよい経験になったのではないですか?

お疲れさまでした。

現地で過ごす貴重な3泊4日でしたね。
なんちゃってさんのブログを読んで、やはり酷かったのだな‥と、また感じました。
まだまだ復興には程遠いところがいっぱいあることも。

>その現実を受け止めて。地震大国日本に生きていかないと・・・
という言葉が、とても心に響きました。
忘れてはいけませんね。

娘さんの奮起が野菜ジュース‥には、なんだか和みました(●^o^●)

ゆかピンさん♪

何回も行かれている方からは、「今回は、笑顔が見れて、良かった♪」という言葉がありました。少しずつ、時と共に癒される部分と。思うようにいかない部分とがあるんだなぁ・・・。

同じ町内でも、津波で全壊した家と、残った家。後継ぎがいる家といない家。仕事がある家とない家・・・いろんな状況があるので、難しい事も多いようです。被害がない所は、本当に「普通」で。その差が生々しかったです。ほんと、行って良かったです。

「お母さんのありがたさが解った?」って聞いてみたら。
娘。「ん?なんとかなりそう」だって!!!(怒)

これからは、大手を振って、家を留守にしようと思います(笑)

わかなさん♪

この状態が、沿岸沿いに、ずっと続くのだ・・・という「現実」が、すごかったです。国難だと。

大きな災害がおこってしまった時に、自分や家族がどう動くか・・・やっぱり考えておかないといけないなぁ~って、思いましたよ。

野菜ジュース・・・レタスくらい千切れるように、教えないとなぁ~って。今回、真剣に思っちゃった。

Secre

プロフィール

なんちゃって

Author:なんちゃって
震災・福島原発事故をきっかけに、娘と一緒に電気(電池)について学んできました。娘が高校生になったので子育て一段落。私の趣味?のサイエンス系の読書日記や雑感を書いていきたいと思います。一歩ずつ。ぼちぼち。

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